03


集まった奴等とそう変わらない、染めた髪にピアスとだらしなく着崩した服。レイヴン総長は堂々と、七星総長はどこか落ち着かなさげに小田桐の前に立つ。その後ろに澄ました顔のレイブン副総長と堅い表情の七星副。

小田桐は突き飛ばした茶髪の男の身体を拘束したロープを無造作に掴むと、強引に引き上げて立たせる。

「おら、手間かけさせんじゃねぇよ」

そして、無理矢理立たせた男の顎を掴み、呼び出した二組へと顔を向けさせた。

「コイツ等に覚えはあるな。てめぇらもだ」

決めつけたような台詞にレイブンの総長は鼻を鳴らす。

「知らねぇな、そんな奴。なぁ?」

「知りません」

訊かれたレイヴンの副はさらりと返し、七星も知らないと言い返す。
小田桐は茶髪の男の口を塞いでいたテープを手加減無しに剥がし、男に鋭い眼差しを向けた。

「アイツらはそう言ってるが、お前も知らねぇとか抜かす口か」

「知らないね。見たこともない。そもそもいきなり何だってんだ。人を拉致同然に拐いやがって。警察に駆け込んでもいいんだぞ」

ギッと睨み付けて言い返してきた男に小田桐はぎらりと瞳を輝かせ、嘲笑するように唇を歪める。

「ヤクザが警察にか?そんなことして、笑い話で済めばいいがな」

「……っ」

「何だその顔。素性がバレてないとでも思ったか?ハッ…、俺達を舐めてんと痛い目みるぜ」

男からレイヴンと七星へと投げられた言葉には抑えても抑えきれぬ激しい憤怒が込められていた。

ビリッと走った威圧感に微かにたじろぎながらレイヴンの総長は口を挟む。

「言い掛かりはその辺にしてくれ。俺達はそんな男知らねぇし、ましてクスリなんて…」

レイヴンの言葉を遮るようにピリリッ、ピリリッと味気もない無機質な電子音がその場に鳴り響いた。
それは大和の方から聞こえ、大和はポケットから携帯電話を取り出すと小田桐に向けて片手を上げ、静かに通話ボタンを押す。

「はい、相沢。あぁ…、小田桐から?…分かった。ルーツに渡して持って来させろ」

短い会話で終わらせ、大和は携帯をしまいながら小田桐に吊し上げられている二組へ、感情を窺わせない冷淡な眼差しを向けた。

「見苦しい言い訳は終わりだ。たった今、レイヴン、七星、共に根城からクスリと現金を回収した」

「なっ…勝手に!」

「親とはいえ、俺達の許可無しで踏み込んだのか!それはルール違反だろう!」

告げられた言葉に顔色を変え、大和を睨み、二組はいきり立つ。
しかし大和は眉一つ動かさず冷徹な眼差しで、もはや自分達の敵へと成り果てた二つのチームの頭を見返した。

「“居ない者”に許可など必要ないだろう」

「ぁあ?なに言ってんだてめぇ!」

完全に牙を剥いたレイヴンの総長を俺はただ静かに眺める。
それより大和が口にした“居ない者”、その呼称。

間違ってはいない。
鴉には公には知られていないチームが確かに存在する。厳密に知っているのは俺に、大和、小田桐、一部の者だけだ。
故に存在していても“居ない者”。居ないのだから許可をとる必要もない。

「せっかく、鴉を大きくするチャンスを!むざむざ放り出した後藤さんが悪いんだっ!」

静観を決め込んでいれば七星の総長がいつしか俺を睨み付けていた。
何やら煩く吠え始めた七星の頭に、大和に突っ掛かっていたレイヴンも同調し始める。

「そうだ、元はといえば後藤さんがコイツ等の話を断ったからだ!これ以上ねぇぐらい良い話だったんだろ。それを!」

「だから俺達が代わりに鴉を大きくして」

聞けば聞くほど冷めてく思考に、俺は一歩引いていた足を踏み出す。

「要はお前らは鴉を大きくする為にその男から持ち掛けられた話を鵜呑みにして、約定通り炎竜が襲撃されたのを幸いに、言われるがままにクスリを売り捌き始めたんだな」

大和の隣に並び、やたらと冷えた頭で、口々に鴉というチームを自分達が大きく強大な勢力にするんだと野望を囀ずる二人の総長と副総長をもはや嘲笑する気もおきずに睥睨して問い掛ける。

「それで?クスリと金で人を集めて、鴉を大きくしてその後はどうするつもりだ」

視線を投げ掛ければ二組はビクリと肩を揺らし、煩く囀ずっていた勢いを無くしてそれでも答えた。

「生意気な北の奴等や西の奴等を黙らせるんだ」

「そうすりゃ俺達に逆らう奴らだっていなくなる」

北は東北、西は関西。
なんとも単純な答えにクッと喉の奥から低い声が漏れる。そしてそれは次第にクツクツと俺の肩を揺らした。

自分に集まる視線の中に、大和と小田桐の視線も感じる。

「なにが可笑しい?」

突然笑い出した俺に、馬鹿にされたと思ったのか正面からレイヴンと七星の厳しい視線が突き刺さる。

俺は口許を左手で覆い、敵意を見せる二組を、鋭く研いだ刃のように冷え冷えとした双眸で見据えて言った。

「浅はかだな。野心を語るのは結構だが、その幼稚なものに鴉を巻き込むな」

がらりと変わった硬質な雰囲気に、向けられた視線一つでレイヴンと七星は気圧される。

「鴉は今後も北とも西とも無駄にやりあうつもりはない。領土を拡大した所で、目が行き届かなくなれば足元を掬われておしまいだ」

馬鹿馬鹿しい、と切って捨ていつの間にかシンと静まり返っていた場を見渡す。

「なにか文句のある奴はいるか」

レイヴンや七星の様に他にも野心を抱いているチームがいるかと堂々とした声が蒸し暑い夜の空気を震わせた。

「っ…、んなの、ただの逃げじゃねぇか!臆病者の言い訳だ!後藤!アンタがやらねぇなら俺達がやってやる!」

幼稚だ、浅はかだと、自分達の考えをあしらわれ頭に血を昇らせたレイヴンの総長は拳を握り、小田桐の横を抜け、真っ直ぐに俺に殴りかかってくる。

「行ったぞ、相沢」

その後を追って、まったく緊張感の欠片もない小田桐の声が届く。

「俺が対処する」

「ん…」

それを受けてか大和が囁き、俺はただ一言頷き返した。
俺の前に立った大和は涼しい顔のまま、殴りかかってきたレイヴン総長の拳を最小限の力で受け流すと、体勢を崩した身体の中心に右拳を突き入れる。

「がはっ…!」

それからその身体を突き飛ばして、自分から離れたところで右足を軸に、胴を薙ぐように、持ち上げた左足でレイヴン総長の脇腹を払った。

「――っ!!」

受け身もとれぬまま蹴り飛ばされたレイヴン総長は、副総長を巻き込む形で地面に倒れ込む。

左足を地に着けた大和は微かに眉をしかめ、小さく呟いた。

「少し浅かったか」

それでも十分に威力のあった蹴りに、レイヴン総長は呻き声を上げながら身体を九の字に折って地面の上を転がる。
その側に立つ七星の顔色はどこか青ざめてみえた。

明らかに狼狽した様子の七星と視線を合わせる。
ジリッと思わず後ずさった七星の総長に、俺は小田桐へと目を向けた。

「もう一度訊くが、この男に見覚えはあるな?」

小田桐はもう一度、七星へと確認を迫る。

「どうなんだ。さっさと言え。俺は相沢のように優しくはねぇぜ」

「…っ…クソッ、そうだよ!コイツが、浅野が俺達に話を持ちかけてきた!」

なげやりに七星は言い捨て、諦めたように肩から力を抜いた。そして洗いざらい吐き始める。

「バックにヤクザがつけば他の奴等もそう簡単にうちに手は出せなくなる。クスリを売るだけで金は手に入るし、簡単に人も集まる」

その間茶髪の男、浅野はあっさりと口を割った七星の総長を忌々しそうに睨み付けて舌打ちした。

「北も西も支配して、鴉が天辺に立つのも夢じゃない。浅野はそう俺達に言ってきた」

「そんな話を真に受けたのかお前は」

小田桐は残念なものを見る目で七星総長を見て言う。

「っ、そんなものじゃない!俺達は…、俺は…、鴉を天辺に立たせるのが…!」

七星総長の耳障りな言葉はいつまでも続き、その不愉快さに口許を覆っていた左手を下ろす。

「拓磨」

「止めるなよ大和」

歩き出した俺は小田桐の横を通って七星総長の元へ足を進める。
そして真っ直ぐに七星の総長を見据え、言い放つ。

「勘違いするな、鴉は天辺を取るそんなチームじゃない。そんなものの為に作られたチームじゃない」

「なっ、だったら何だって言うんだ!」

「始めがどうだったのかは知らねぇ。けど、志郎は…志郎から受け継いだ鴉は居場所がない奴等を受け入れる為の場所だ。それを……これ以上、てめぇの身勝手な欲で鴉を汚すな」

「――っ」

一時は私欲で従えた鴉を、例え今の俺にコイツらを糾弾する資格はなくとも、鴉が護れるのならば俺はあえて言う。

「七星とレイヴンは今を持って鴉から除名する」

「なっ…!待て!それだけは…っ」

鴉から見放されれば、それはもう解散と同義だ。
多くのチームが鴉の傘下にある中で、その中から外れてしまえば族世界の中で単独で生きていくのは難しい。よほど大きなチームでなければ生き残れない。

「いいな。大和、小田桐」

「構わない」

「いいんじゃねぇの。これを機に緩んだ気が引き締まって」

下した決定に大和は一言で返し、小田桐は挑戦的に口端を吊り上げた。

しかし告げられた本人達が納得するかどうかは別で、転がっていたレイヴン総長はふらりと立ち上がると再び拳を握る。
もはや言葉ではどうにもならないと七星総長も腹を決めたのか、俺に向かって拳を振り上げてきた。

「くそぉ!」

俺はそれを冷静に見極め、ギリギリのところでかわす。視界の端では小田桐が足技のみでレイヴンの総長を相手にしていた。

俺は拳をかわし際、左肘で七星総長の側頭部を突く。二人の副総長は諦めの色を浮かべ、その場を動くことはなかった。

「怪我人が、無茶をするな」

肘鉄を受け、ふらついた七星総長の身体を大和が俺から引き離す。
そして、大和は七星総長の腹部へと流れるような動作で追い討ちをかけると無造作に地面へと投げ捨てた。

「これぐらい捌けるつもりだ」

「お前はよくても俺の心臓に悪い」

小田桐の方も片が着いたのか、足元にレイヴン総長が転がっていた。



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